雪山

 まだスキーブームになる前であった。
 当時はなぜあんな寒くて危険な所へ行くのかと蔑視(べっし)されていた。
 乗り合いバスでは他のグループとすぐに友達となり♪雪山賛歌、♪雪の降る町を♪、シーハイルの唄♪・・・などの曲を歌いながら宿に向かった。
 積雪が多くバスがスリップする時などは皆で下車をして後押しをする事もあった。
 若いということもあったが真っ青に晴れ渡った尾根に立って見る雪景色や四方に連なる山々の荘厳(そうごん)さにはすぐに魅入(みい)られてしまった。
 当時の山では不文律(ふぶんりつ)ともいえるマナーがあり、仲間意識が強かった。
 道で人と出会うと必ず「お早うございます」とか「こんにちは」の挨拶があり、最後には「気をつけて」という会話があった。
 実に爽やかな出会いである。
 その頃はホテルのような宿ではなく民宿であり、初対面のグループともすぐに家族的な雰囲気となった。
 お風呂は男も女も関係なく早いもの順であり、お湯が熱い時には窓を開けスコップで雪を放り込んでいた。
 雪を溶かした大釜の湯で作られた山小屋のうどんは今も忘れられない。
 今から思うと当時は世の中も人も純であり、優しさがあったような気がする。
 雪山から離れて久しいがその頃の冬山は天気が豹変(ひょうへん)する事が多かった。
 尾根に黒雲が湧き雪煙りが舞い上がり出したかと思うとあっという間に吹雪がやってくる。
 いわゆる寒冷前線の通過であるがそんな時はすぐに視界不良となり、エッ!こんな所で遭難したのという事態まで起こってしまう。
 寒冷前線の後ろに控える寒気の強さによっては3~4日は天気の回復が望めない場合があり冬山登山をする人にとっては当時ラジオと天気図は必携品(ひっけいひん)であった。
 誰しもが青春時代を振り返る時がやってくる。