日本の精神文化と民度

 難(むずか)しい言葉であるが「精神文化」という言葉の意味をひも解くと道徳・思想・宗教・文学など人間の精神活動が生み出した文化の総称ということである。
 この精神文化であるが「国家の品格」の著者・藤原正彦さんは講演の中で日本は幕末にやってきた欧米列強国より一回りも二回りも先を走っていたと語っていた。
 確かに当時の日本は機械文明こそ欧米に劣っていたが国民の識字率や立ち居振る舞い、矜持(きょうじ)に職人技などについて彼らはべた褒(ぼ)めをしている。
 白人至上主義を自負(じふ)する列強国の人間にとっては永い間国を閉ざしていた東の果ての黄色人種がなぜこれほどにという驚きが払拭(ふっしょく)できなかったであろう。
 当時の欧米列強国はアジア諸国を軒並み植民地にしてきたが日本だけは最終的に「この国は植民地に出来ない」と言わせしめた日本の民度の高さはどこから生まれたのであろうか?
 これについては諸説あるが江戸時代に各藩の競争を促(うなが)した藩制度、読み書き算盤(そろばん)を教えた寺子屋制度、そして武士道精神などが大きく影響していたと思われる。
 ではそんな精神文化がどこから生まれたのかという事になるがこれも気象屋の目から見るとやはり「四季自然が育てた日本人」という事になる。
 巡りくる四季と美しい自然美は鋭い感性を育て、自然災害の多い中での農耕は勤勉さや工夫改善・協調性の心を育て次第に民度を高めてきたのではないだろうか。
 近年における日本人の「精神文化」と「民度」の高さはネット社会と観光客により益々世界からの評価が高まっているが逆に国内においては日本人の劣化を憂(うれ)う声が大きくなっている。