メデイア報道について

 現役時代は気象という仕事柄、新聞・ラジオ・テレビに携(たずさ)わってきたが振り返って見ると三大メディアも時代と共に随分変わってきたなという印象がある。
 先ず歴史の古い新聞メディアであるがこれほど日本人を育て日本社会に貢献してきたメデイアはない。
 新聞の特長は何といっても活字を見てゆっくりと頭を整理しながら繰り返し読めるということで頭に残りやすい。
 そして日本語は表意文字であるために文字と行間から想像力と記憶力が養われることになる。
 所が近年は情報社会に加え速報性に欠けるという活字メディアは影が薄くなっている。
 前作の「四季に見る日本の心と人・文化」という本で「活字に勝るメデイアはなし」と触れたがこれ以上活字離れが進むと日本の民度が下がり、日本の心が失われていくような気がしてならない。
 次にラジオであるがラジオの良い所はいつでも何処でも作業をしながらでも気軽に聞くことが出来るということである。
 昔は「ながら族」と言っていたがラジオも想像力が広がるメデイアといえる。
 ある番組での例であるが私のテーマソング(白い恋人達)のイントロが流れ出すとアッ今朝はこの人か、今日はどんな話をするのかな? 年齢は?背格好は?人柄は?また季節の話かな?などとリスナーは想像を膨(ふく)らませながら耳を傾けてくれる。
 当時は時間的なゆとりがあったためか単に天気予報だけではなく雑談やクロストークを交えての解説が多くリスナーからすると更に私という人物像に興味を持ってくれることになる。
 不思議なもので長寿番組にもなるとリスナーもスタッフも番組全体が家族的な雰囲気になるんだなと実感したがラジオは派手さこそないが隠れファンが多い。
 最後に、テレビであるがテレビは映像メディアのために自然風景やスポーツ、そして説明などには最高の媒体である。
 ところがテレビはいつのまにか番組を選ばなければならないメデイアとなってしまった。
 テレビは視聴率競争が激しいということもあるがバラエティーにしろ報道番組にしろそこまでやるかという内容のものも多くなっている気がする。
 顔写真を出し、過去をあばきコメンテーターまで入れて各局一斉に報道する姿には違和感を覚える。
 テレビを置かないという家庭もあるが番組の先には多様な視聴者がいることを自覚し品格とバランス感覚を持った番組作りが必要になるだろう。