日本を開いた列強国

 東方見聞録でお馴染みのマルコ・ポーロは日本にやってきたのかどうかはっきりしていないようだがそれ以降多くの欧米列強国が日本にやってくることになる。
 その目的は日本を「覇権(はけん)統治(とうち)」することであったが最終的には彼らにこの国は植民地化出来ないと言わせしめるということである。
 逆にいずれの列強国も日本人の民度の高さと国民性を絶賛する言葉を残している。
 フランシスコ・ザビエルであれば「今まで見てきた国民の中で日本は最高であり異教徒の中でも日本人より優(すぐ)れた人々は見つからない、武士も人々も貧しいが不名誉と思わず名誉心(めいよしん)が強い、こんなに泥棒のいない国は珍しい」と語ったという。

 また、黒船来航でお馴染みのペリー提督は日本人の資質を見抜き「日本人は将来強力な競争相手になるだろう」という言葉を残している。
 実際に後年の太平洋戦争においては競争相手どころか植民地を含め刃(やいば)を交えることになる。
 この当時の蒸気船や大砲は日本人の度肝を抜き鎖国からの眠りを目覚めさせることになるがその後もやってくる列強国が驚いたのは日本の民度の高さである。
 まずは一般庶民が文字を読んでいるということであったがこの頃の日本の識字率は80パーセントを超え、世界一であったといわれている。
 更には日本人の所作(しょさ)・立ち居振る舞いにも驚嘆(きょうたん)したという。
 国を閉ざしていたとはいえ日本は江戸時代以前から教養・矜持(きょうじ)・軍事面においても優れており、さすがの列強国も一目(いちもく)置かざるを得なかったと思われる。
 では大陸東方に浮かぶ島国の小国がなぜ列強国が驚くほどの教養と国民性を身につけたかということである。
 詳しくは専門家にまかせるが気象屋の目から見るとそんな日本人がなぜ生まれたのかというとそこにはやはり千変万化する日本の豊かな四季・自然が感性を刺激してきたからではないかという事になる。