日本文学と日本の心

 司馬遼太郎文学(坂の上の雲)、山本周五郎文学(もみの木は残った)、藤沢周平文学(蝉しぐれ)、池波正太郎文学(剣客商売)・・・彼らの時代小説作品はひと頃多くの人が夢中になって読んだ本である。
 なぜ彼らの本が人気になったかであるがそこには作品の素晴らしさもさることながら、いずれも行間の中に日本の「心」とか「人情」という優しい人間模様が入っていたためではないかと思われる。
 ここで言う日本の心とか人情とは日本人が最も大切にしてきた「惻隠(そくいん)の情(じょう)」のことである。
 難(むずか)しい言葉であるが一言でいえば相手を「思いやる心」のことである。
 これまで先人達が培(つちか)ってきた相手に対する礼儀とか立ち居振る舞いの原点になってきた言葉ともいえる。
 この思いやりの心を読んで下さいという筆致(ひっち)が日本文学ならではの魅力となっているような気もする。
 世界全体が殺伐(さつばつ)とする現代においては日本の文学や日本の心を海外にも届けたいものであるが足元の国内においては活字離れ、読書離れが進んでいる。
 若者達が日本の歴史や文化に興味を持たなくなった原因については日本が豊かになった事もあるだろうが戦争や貧乏の暗いイメージよりも陽気な欧米志向に目を向けたからであろうか。
 司馬遼太郎さんが晩年になって日本の行く末を憂(うれ)いていたのは日本人の民度の低下を危惧していたからではなかろうか。
 数学者でアメリカの大学で教鞭(きょうべん)を取られていた藤原正彦さんはベストセラーとなった「国家の品格」や講演の中でも「英語より国語、英語が喋(しゃべ)れても海外で自国の歴史文化が語れなければそれは日本人の恥である」とまで言い切っている。
 世界が評価する日本人を育てたのは日本の四季自然だけでなく活字文化も大きく影響していると思われるが電車内で本を読む人はすっかり見なくなってしまった。