日本海海戦

 「天気晴朗ナレド波高シ」
 日露戦争での日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を迎えるにあたり、連合艦隊と大本営の間に交わされた電文である。起草者は当時気象の担当をしていた岡田武松(後の神戸海洋気象台初代台長)であった。原文は、黄海付近の低気圧に着目し「天気晴朗ナルモ波高カルベシ」であったとされるが、当時作戦参謀を務めていた秋山真之は、これを更に簡潔にして大本営に打電したという。
 天気が良いということは敵艦を見失うことはない。砲術に長(た) けていた日本海軍にとって波が高いということは命中率が上がり、有利な気象条件であるという意味が含まれていたとされる。世界に日本の力を見せつけた日本海海戦は、明治三十八年五月二十七日朝に幕がきって落とされた。
 不敗神話や日清・日露の戦勝が招いたのか、国民や近隣諸国を地獄のどん底に叩き込んだ太平洋戦争は、昭和十六年十二月二日「ニイタカヤマノボレ」(戦闘行動開始せよ)、十二月八日真珠湾攻撃の「トラトラトラ」(我奇襲に成功セリ)で始まった。
 人の心も人生も、全て破壊する戦争とは?…人間の業(ごう) とは…一体何なのか?

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