ひなげしの花

 和名「ひなげし」は、世界各地で平和の象徴として愛される花である。
 その呼び名は実に多く、英名「ポピー」、仏名「コクリコ」、スペイン名「アマポーラ」、漢名は「虞美人草(ぐびじんそう) 」と一度は聞いたことのある名前がずらりと並ぶ。
 呼び名によってイメージは異なるが、元はヨーロッパ原産のケシ科の越年草である。おそらく「ひなげし」は世界のどんな景色にも溶け込んで、その地に合った花を咲かせたのであろう。日本では初夏の風に愛らしくそよぐ姿が印象的であり、青い五月の空に映(は) える。
 歴史好きな方なら、遠く風にのって響く馬蹄(ばてい) の音や四面楚歌(しめんそか) の歌が聞こえる項羽(こうう) (楚王)と劉邦(りゅうほう)(漢王)の場面を思い浮かべる方もいるであろう。
 「逝(すい) ゆかず逝(すい) ゆかざればいかんせん、虞(ぐ) や虞(ぐ) や汝(なんじ) いかんせん」
 劉邦に敗れた項羽が愛妾(あいしょう)「虞姫(ぐき) 」をおもんばかって吟(ぎん) ずる声は、兵士たちの涙を誘ったと伝えられる。中国では彼女が自決の際に鮮血を流した跡地に咲きだした花とされ、虞姫(ぐき) にちなんで「虞美人草(ぐびじんそう) 」と名付けられたといわれている。そういう目で見ると、どことなくさみしげな表情を漂わせる姿は、項羽を偲(しの) んでいるかのようにも見える。
 同じようにイギリスでは、第一次世界大戦の激戦地跡に真っ赤なひなげしの花が咲き乱れたといわれ、戦没者を追悼する日として「ポピーの日」が設けられている。

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