春昼

 時計の針が止まってしまったような春の長閑(のどか) な昼下がり、何処からともなく間延びした牛の声が響き渡り、門先では気だるそうに犬がまどろんでいる。
 レンゲ畑や菜の花畑の向こうに望む山並みは霞(かす) んでおり、天空には一羽の鳶(とび) がゆったりと舞っている。
 人影すら見当たらない一昔前ののんびりとした農村風景である。
 すっかり柔らかくなった春の日差しの中に、何もかもが融け込んでしまったような光景を「春昼(しゅんちゅう) 」と呼ぶ。
 ところが秋の場合は「秋の日」とか「秋日和」という言葉はあるが、「春昼」に対応する言葉はない。春と秋とでは同じような天気であっても、空の澄み具合や陽光の違いなどによって情景や雰囲気が異なると捉(とら) えてのことであろう。さすがに先人達の感覚の鋭さには驚かされる。
 そんな春昼のイメージを与えてくれる場所は、今はもう全国何処に行っても見られなくなってしまった。
 この言葉がもつ本来の春景色は、アスファルトの道路やコンクリートの建物はなく、どこまで行っても素朴な日本の自然が広がる時代のものであった。
 いつの日か高層建造物や高速道路、地下鉄に配管等の老朽化が進んだ場合、都市の風景はいったいどうなるのであろうかと想像する。
 春昼風景とは似ても似つかぬ、新たな風景が出現するような気がしてならない。

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