情操教育

 春は「早春譜」、「春の小川」、「ひなまつり」、「さくらさくら」、夏は「茶摘み」、「夏は来ぬ」、「われは海の子」、「夏の思い出」、秋の「紅葉」、「小さい秋」、「里の秋」、「赤とんぼ」、冬の「冬景色」、「雪の降る街を」、「雪」、「冬の夜」。
 これらの曲は季節を代表する童謡・唱歌であり、曲を聴くだけでそれぞれの風景が浮かんでくる。私を含め心の原点になっている人も多いであろう。
 一時期は何処からともなく聴こえてきていた曲ばかりであるが、時代の変遷と共にそんな機会はめっきり減ってしまった。退職後に勤務した小学校の校内からも、休憩時間や放課後を含め、これらの曲を耳にした記憶はない。
 「村の鍛冶屋(かじや) 」や「村祭り」などは、歌詩が時代にそぐわなくなったということで、とっくに教科書から消え「蛍の光」や「仰(あお) げば尊し」などもいつの間にか歌われなくなってしまった。
 小学生の音楽の教科書を覗いて見ても、文部省唱歌は残ってはいるが、ずいぶん様変りしたなという印象がぬぐえない。
 抒情歌(じょじょうか) や童謡・唱歌が馴染(なじ) まない先生が増えたためなのか、核家族が原因なのか、分からない。ただ、時代の流れという一言で埋(う) もれさすには、余りにももったいない曲が多い
ように思えてならない。
 ゆくゆくは人も社会も時代と共に変わっていくのであろうが、価値観は別として、いつの日か心の琴線(きんせん) に触れてくるような曲は忘れ去られることなく愛聴したいものである。
 世界的な競争社会においては、外国語や知識教育も大切だが、音楽に限らず、情操教育や道徳教育こそが世界に信頼される国民を育てるような気がしてならない。

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