日本の言語

 近年は、日本の美しい言葉の喪失(そうしつ)や日本語の乱れを危惧(きぐ) する声が多い。
 日本語は世界の中でも最も難しいといわれる反面、語彙(ごい) と表現力は世界に類を見ない豊かさがある。
 「漢字」という表意文字があり、しなやかでやさしい「ひらがな」があり、「カタカナ」から「ローマ字」まである。「漢数字」に「算用数字」、「英語」を含めると日本人は実に七種類にも及ぶ言語を操(あやつ) っていることになる。
 アルファベットはわずか二十六文字の記号であるのに対し漢字は常用漢字だけで約二千文字、しかも音読みに訓読みまである。
 確かに漢字は難解であるがそれぞれの文字には意味があり、漢字を見ただけで風景や情景までが浮かんでくる。同じ言葉でも「青い海」と「蒼い海」ではイメージが異なる。それだけをみても多様性のある日本人が生まれた背景が窺(うかが) えるような気がする。
 よく「日本語は美しい」といわれる。この言葉は日本人の勝手な自画自賛と思っていたが実はそうではなく、外国の人からも高く評価されているという。
 その理由だが、一つには季節を感じさせる情緒あふれる言葉が多いこと、二つ目には英語で翻訳できないような語彙の多さがあり、分かりやすい擬音語や擬態語まであること、三つ目には敬語(尊敬語・謙譲語・丁寧語)や感謝の言葉が多いこと、四つ目にはしゃべり言葉に強いアクセントが無く、七五調の優しい響きがあることなどが挙げられている。
 要するに日本語は単なる会話をするためだけの言葉ではなく、思いや含みまでをも表現する「描写言葉」といった方がよいのかもしれない。
 日本人は識字率や教養文化のレベルが高く、かつての欧米列強国も日本だけは植民地にできなかったといわれている。あのペリー提督も日本人の優秀さに感嘆し、将来は欧米と肩を並べる国になると予言したという。
 日本は彼の予言通り世界の先進国になったが、その裏には豊かな自然だけではなく、豊かな言語があったことが一因として挙げられるような気がする。
 「今や本を読まないで生きられる世の中ではない」といわれた時期もあったが、近年は逆に活字離れが進んでおり「です・ます調」の言葉すら使えない若者も増えている。
 世の中がせわしなくなり、時間をかけての読書より手っ取り早い映像メディアに流される傾向は理解できるが、じっくりと目を通した言葉には心を動かされることが多い。一冊の本が人生を変えるということもある。
 現役時代に新聞、テレビ、ラジオメディアに係わってきたが、個人的にはどんなに時代が変わろうとも「活字に勝るメディアはなし」と思っている。

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