大雪と大事件

 「時は元禄十五年十二月十四日、江戸の夜風をふるわせて…」で始まる「赤穂浪士の討入り」、安政の大獄(たいごく)で知られる井伊直弼(いいなおすけ)の暗殺事件「桜田門外の変」、そして青年将校によるクーデター未遂「二・二六事件」、その当日はいずれも大雪であったとされている。
 江戸時代は、現代に比べるとはるかに寒かったとされるが、気象界の人なら誰がみてもこれらの雪はいずれも南の海上を通過した低気圧による仕業(しわざ)であると考える。
 関東平野は周囲を高い山で囲まれているために、冬型の気圧配置や寒気の流入だけで大雪になることはない。今でいう「南岸低気圧」による雨が雪に変わったとしか考えられない。
 二・二六事件の頃になると、一応天気図は作られていたが予報技術は未熟であり、それ までは天を望み観(み) て気を占うという時代であった。即ち「観天望気(かんてんぼうき)」とは地元に精通した長老が経験と勘で天気占いをしたものであり、勿論今の週間予報のようなものがあろうはずはない。
 従って前もって雪の日を予想し、事件を企(くわだ) てたとは考えられない。三者の事件と大雪はまったくの偶然が重なったものと思われる。

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