春は面接シーズン

 古い話になるが、ある女子高校の入学試験で、お箸の使い方を取り入れたという新聞記事が載(の) っていたことがあった。当時はその真意に首をかしげた受験生も多かったのではないかと思われるが、目指すところは理解できる。
「男にとって女の武器は頭の先から足の先まで」といわれ、男には女性の所作(しょさ) や立居振舞(たちいふるまい)ほど気になるものはない。
 価値観といえばそれまでだが子供の頃に行儀が悪かったり、箸の持ち方が悪かったりすると祖母の手が飛んできた経験を持つ。そのためかお箸の持ち方や使い方にしても品のある人には男女を問わず魅力を感じる。
 自然は人間が手を加えることなく自然のままが美しいが、人の場合には「様」になる美しさというものがあるような気がしてならない。
 「躾(しつけ) 」という文字は身が美しいと書くが、人の一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)の身のこなしには、その人の育ちや心が現れる。
 視点は少々異なるが、教育者である森信三さんは、教育とは「躾」であり、幼少時から「ハイという返事」、「お早うという挨拶」、「靴そろえ」の三つを教えればよいと提唱(ていしょう)している。
 何でもないようであるが人としての心得を捉(とら) えた実に重い言葉である。
 小学校のコミュニティーセンター勤務時代に、この三つに厳しい指導者がおられたが、子供達にとっては将来人としての計り知れない心の広がりを見せることであろう。
 お箸の使い方はともかく、面接はペーパーテストだけでは分からない部分までが覗(のぞ) けることは確かである。中高一貫教育の初代校長を務めた優しき友人はこっそりと「試験はよくない」、「試験だけの入学制度より面接と作文制度の方がよい」と語っていたことがあった。
 一人の喜びの陰で一人の悲しみがあることを知り、人間の評価とはそんなものではないということを言いたかったのであろう。

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