雪山

 真っ白な新雪が降り積もった後の雪山ほど感動することはない。
 小雪(こゆき)が残っていようが青空が広がっていようが、寒気が去って冬型が緩むと雪山の表情は一変し、辺り一面が光り輝く。真新しい雪景色の中に佇(たたず)むと、魔性の女にでも取りつかれたかのように、身も心も不思議な時空へと引きずり込まれる。
 現実社会の悩みや喧騒(けんそう)をすべて吸収してくれるような雪山の中では意外にも寒さを忘れ、自分は今なぜここに居て何をしているのだろうかなどという錯覚に捕らわれる。各地に雪女(ゆきおんな)伝説が残っているが、そんな時は本当に精を抜かれてしまったかと思うほどである。
 現実に引き戻してくれるのは、時おり聞こえる雪しずりの音や点々と続く動物の足跡(あしあと)くらいのものであろうか。
 雪という字には洗い流すという意味が含まれているが、心の洗濯や自分と向き合いに出かけるには、雪山ほど恰好(かっこう)な場所はないのかもしれない。
 そんな雪山に魅了(みりょう)されて冬山に入る人も多いが、冬の山は突如として豹変(ひょうへん)する。尾根筋(おねすじ)に黒っぽい雪煙(ゆきけむり)が湧きはじめたかと思うと、一気に突風混じりの吹雪がやってくる。
 寒冷前線に伴う寒気の流入である。雪山は一度牙(きば)をむくと最低三日間くらいは荒れることが多い。

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