背病み(空っぽ病み)

 今も昔も一日は二十四時間だが、その昔は夜なべ仕事があり、厳寒期の朝は暗い中から凍(い)て水を汲(く)み、火を起こした。目が覚めると御飯が炊(た)きあがっており、部屋も暖まっている現代に比べると当時の一日はずい分と長かった。
 江戸時代は、平均気温が今より二度.三度は低かったという説があるが、当時の北国の生活は世界に感涙(かんるい)を与えた「おしん」をしのぐほどの艱難辛苦(かんなんしんく)の時代であったと思われる。「大根飯」をすすりながら、雪の中で貧しさと葛藤(かっとう)するシーンに、自分の生い立ちと重ね見た人も多かったであろう。
 東北地方に「背病(せや)み」とか「空(から)っぽ病み」という言葉が残っている。背中が痛い、お腹が痛いなどといってずる休みをすることである。
 気力と体力の充実した一家の責任世代にとっては仮病(けびょう)(怠惰病(たいだびょう))と映り、腹立たしい限りであったかもしれないが、老人や病弱な人にとっての床離れはさぞかし辛(つら)かったことであろう。
 北国の人が辛抱(しんぼう)強いといわれた所以(ゆえん)が、「背病み」とか「空っぽ病み」という言葉の裏に隠されているような気がする。
   「ものぐさもきょうを限りと寒明くる」(季香子)

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