名残りの空

 枯淡(こたん)の境地とでもいうのであろうか。一人の老いた漁師がしずかに「名残(なご) りの空」と海を眺めていた。名残りの空とは、去り行く年を惜しむ大晦日(おおみそか) の空のことである。
 手には湯呑茶碗(ゆのみじゃわん)、おもむろにゆっくりと口に運ぶ中身は、お酒なのか白湯(さゆ) なのか。その仕草には過去の漁人生を振り返っているようにも見える。
 天下泰平!ここまでくれば何も怖いものはないといった風情は、映画に出てくる渋い脇役を見ているかのようである。
 炎天下であろうが、寒風の中であろうが、かつて若き血を滾(たぎ) らせていただろうことは、節(ふし)くれだった手や赤銅色(しゃくどういろ) に刻まれた顔の皺(しわ)からも容易に察しがつく。
 年越し準備も済ませた穏やかな冬日和、暮れなずんでゆく空と海に、どんな思いを馳(は) せていたのであろうか。
 海に命を賭けてきた男の人生を感じさせる一幕であった。

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