古い女

 「齢取(としゅう)ったら穢(きたな)らしゅうなるけん若い者が先に入ったらえー」
 寒が立ち込めるような夜は一刻も早くお風呂で温まり、少しでも早く床につきたいと思うのが年寄りの本音であろうが、いつもそんな言葉ではぐらかしていた。
 結局、母親が一番風呂に入った試しはない。記憶に残っているのは、薄暗い五右衛門風呂の時代から、いつも終(しま)い湯とあと片付けであった。
 明治生まれの祖母に躾(しつ)けられた大正生まれの母は、たとえ息子であっても男より先に風呂に入ることはなかった。陋習(ろうしゅう)とはいえ古い女の生き様を最後まで崩すこともなかった。
 「新湯(さらゆ) は身の毒」といわれてきたが、冬場になると一度は無理にでも一番風呂に入れてやりたかったなと思う。時代の価値観といえばそれまでだが、足まで伸ばせる今の湯槽(ゆぶね) に身体を沈めると、ふとそんな悔(く)いが頭をよぎる。
 世の中において、親子の別れほど辛いものはないというが、いつまでたっても母親への思いは格別なものがある。

 

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