四季自然が育てた日本の心

 素晴らしきかな日本の四季自然。
 気象庁のように国家機関が動植物の観測から桜の開花予想に梅雨入り梅雨明けの発表、更には春一番に木枯らしの発表までしてきた国はない。
 テレビでは年間を通して四季折々の季節行事を紹介し、天気カメラは毎日のように各地の映像を映し出している。いかに日本の国民が四季の移ろいに関心を持ち、日々の天気に一喜一憂(いっきいちゆう)するかを示すものである。
 もし、日本にこれほど豊かな気候風土がなかったら、世界に称賛される国民性は生まれなかったのではないかと思われる。
 アジア諸国が次々と欧米列強国に植民地化された中で、実質日本だけが免(まぬが) れた理由については日本人の教養の高さと「矜持(きょうじ)」という強い精神文化が根づいていたためだという見方がある。矜持とは自信と誇りと気骨(きこつ)を秘めて振る舞うことである。
 そこには互いの切磋琢磨(せっさたくま)をうながした江戸時代の藩制度や、人づくりの基礎となった寺子屋制度が幸いしたといえるかもしれない。
 日本は過去を語れない過(あやま) ちも犯してきたが、敗戦後わずか二十年足らずで、東京オリンピックを開催するほどの復興を遂(と) げた。その裏には日本人の勤勉さや忍耐強さ、そして豊かな感性と協調性があったからではないかと思われる。
 よい学校、よい会社と国民全体が一様化すると国が衰退するといわれるが、最近は経済優先社会になったためか日本だけでなく、世界全体が同じ方向に向かっているように思えてならない。
 核家族が原因なのか、豊かさの中の格差が原因なのか、近年は日本の心が失われてきたという指摘がある。
 「自明性の喪失(そうしつ)」とは当たり前であったことが当たり前ではなくなるという意味だが、今一度日本人が培ってきた礼節、品性、勤勉、思いやり、協調性、誠実さ…等の歴史文化と日本の心を振り返って見たい。

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