晩秋の公園

 「行雲流水 (こううんりゅうすい) 」とは、流れる雲や水の如(ごと)く自然の成行きにまかせて行動することをいう。
 この日も澄みきった青空に浮かぶ積雲はほとんど姿を変えることなく、ゆったりと流れていた。すっかり色づいた公園の木々は、何処を切り取っても絵になる。
 それにしてもこの長閑(のどか) さと静けさはなんなんだと思っている中にふと、せわしない動きが目に止まる。姿・形から見て、どうもジョウビタキらしい?いつの間にやってきたのか、山茶花の蜜をついばんでいる。
 すぐ傍の池面には「逆さ紅葉(もみじ)」がゆらめき、その上をチロチロと秋の蝶が舞っている。
 そんな小春日の公園は、携帯電話を操(あやつ) る若者よりも老夫婦がよく似合う。長年の習性なのであろうか、甲斐甲斐(かいがい)しく主人の面倒をみる二人の仲睦(むつ) まじき姿が微笑(ほほえ) ましい。会話だけでなく、まるで話の内容までが聞こえてきそうな雰囲気である。
 穏やかな晩秋風景は、見るものすべてが優しく映る。
 「夕映(ゆうば) えの透(す) かし紅葉(もみじ) に古希の酒」(季香子)

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