人生の季節

 自然の営みや季節の移ろいを眺めていると、人の一生と実によく似ている。
 川の水は高い所から低い所へと流れ、時として激流や濁流と化すこともあるが、せせらぎや淵(ふち) を作りながらかろやかに流れることもある。
 風もまた同じように高気圧から低気圧へと向かって吹き、荒れ狂う時もあれば柔らかく頬をなでるような時もある。
 誰の人生にも紆余曲折(うよきょくせつ)があり、時には激流や暴風に見舞われる。若い季(とき) ほど先輩や上司に翻弄(ほんろう)され、耐えなければならないことも多い。それがまた人を育てるということにつながるのかもしれないが、仕事や人間関係に忙殺(ぼうさつ)される責任世代ともなると、なかなか季節の移ろいなどに目を向けるゆとりがない。
 爛漫(らんまん) と咲き誇った春の桜も、清(すがすが) 々しい初夏のハナミズキもとっくに過ぎ去った。百日も咲き続けるという炎天下の百日紅(さるすべり) も記憶にない。秋の風にススキが揺れはじめる頃になってやっと我に返るのが、人生というものかもしれない。
 改めて鏡を覗くと、そこには若い頃とは似ても似つかぬ顔があり、鬢(びん) には白いものが目立ちはじめている。
 「うかうか三十、きょろきょろ四十」…耳の痛い言葉である。いつの間にか人生八十年時代となったが、要は肝心(かんじん)な年代をいい加減に過ごしていると、気がついた時にはあわててしまいますよという意味である。
 人生は人それぞれであり、数奇(すうき) な運命を辿(たど) る人も多いが、時には多くを語らず、酸(す) いも甘いも噛(か) みしめた日溜まりのような人に出会うことがある。

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