最後の職人

 最初に気象界に入った頃の観測は百葉箱であり、データの送受信はモールス信号であった。
 気象台や測候所のある場所は大抵が自然豊かな高台にあり、天気図はすべて手書き、雲や視程は目視観測、蛙・トカゲ・ウグイスの初鳴き・蛍・蝉・桜・フジ・萩・銀杏…などの動植物季節観測もあった。
 ところが今の気象界は、観測から天気図描画までの作業は殆どが機械任せとなり、ビルの中でパソコンとにらめっこという環境に変わってしまった。勿論、動植物観測も街の中では物理的に難しくなったものも多く、天気予報の答えもコンピューターとなった。
 一時期はその答えを修正し、まだまだお前には負けないという自負があったが、その自負が崩れ始めたのは、数値予報が人の気付かないところまで表現し始めてからである。
 今も人間が匙加減(さじかげん)を加える部分は残されているが、時代はすっかり変わってしまった。
 空を眺め、肌で空気を感じ、五感を通して自然と向き合っていた頃が懐かしく、何となく空しさを感じていた。
 そこで退職前の一年間は、若い職員たちに少しでも季節感や自然にふれあう目を養ってもらおうと俳句の会を主宰(しゅさい)し職場内に掲示した。評判は良く、造幣局の桜の通り抜けに掲示される句に選ばれた作品もあったが、女性職員から「最後の職人」と呼ばれたその言葉には、時代の流れを感じるものがあった。
 退職後に勤務した小学校の、桜紅葉(さくらもみじ)の下で用済みとなった百葉箱が埃(ほこり)をかぶっていた光景が、妙に印象に残っている。

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