春秋論争

 日本の四季は、きっちり三ケ月単位で巡ってくるが、春や秋の季節の良い時期はあっという間に過ぎ去ってしまう。
 「春は三月桜まじ」、「頃は三月、夜は九月」とはいずれも旧暦であり、現代の暦では四月と十月にあたる。
 前者は桜が咲いて陽気がよくなった春を称賛する言葉であり、「桜まじ」とは春一番のような荒々しい風ではなく、暖かな南風を指したものである。一方、後者の方は空も空気も澄み、夜のお月見などには最高であるという意味になる。
 日本では最良の季節といえば、古くから春秋競いという風雅(ふうが) な論争があった。有名なのは近江朝廷の宴席において、天智天皇が春山と秋山の美を競わせたという話である。
 この時、万葉の代表歌人であった額田王(ぬかたのおおきみ)は「冬ごもり春さり来れば…」から始まる長歌の最後に、「…秋山我は」と自分は秋の方が好きだと締めくくっている。
 春秋論争は優劣をつけるような話でもないと思うが、どちらかといえば秋派が多かったようだと伝えられている。
 関西では両者の平均気温で見ると、四月が15度前後、十月が18度前後と、十月の方が3度ほど高くなっているが、日中の最高気温は22度前後と共に快適気温となっている。
 春と秋は人によって好き嫌いがあると思われるが、気象の方から見ると、天気の安定度、陽気の変動具合、空気の澄み具合などを比較すると、額田王と同様に春よりも秋の方に軍配を上げたい気がする。
 ところが、欧米など緯度の高い地方においてのこの季節は日本の「冬隣(ふゆどな)る」ではなく、すでに「真冬」であり、長い冬との葛藤(かっとう)が始まっている。

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