人生の秋

 一般に、春に咲く花は背が低く華やかな色調のものが多いのに対し、秋の花は背が高く落ち着いた色合いのものが多くなる。
 春の草花が気温の上昇と日脚の伸びに伴って南から北へ、そして山裾から山頂へと咲いていくのに対し、秋は気温の下降と日の短さに伴って北から南へ、山頂から山裾へと咲くものが多くなる。
 勢いを増してゆく季節と衰えゆく季節との差が、容姿や色合いにまで反映するのであろうか。
 そのためかどうか、日本では人の服装も年配になるほど地味なものに変わっていく。人はどんな道を辿っても行きつく所は同じであるが、歳を重ねる度にあたり前と思っていた四季の営みが身近になってくる。気にも留めなかった路傍(ろぼう)の野草でさえいじらしく見えてくる。
 若いころに「人は晩年になると自然を恋しがる」という言葉を知った。以来なぜかこの言葉がズーッと心に残っている。
 嬉しかったこと、悲しかったこと、悔(くや) しかったこと…人はいつの日か立ち止まって自分の生きた証(あかし) を振り返る時がやってくる。そんな時こそが「人生の秋」なのかもしれない。
 人はどんなに血気盛んな若者であっても、どんな美人であっても、どんなに栄華を誇った人であっても、いずれは哀(あわ) れな姿を晒(さら) すことになる。
 「露とおち 露と消えにしわが身かな 難波のことも 夢のまた夢」
 この句は人生の儚さを詠んだ豊臣秀吉の辞世の句とされている。

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