ごまめの歯ぎしり

 沖合でカモメが乱舞しているかと思うと、海を黒褐色 (こくかっしょく) に染める大きな塊が二つ、三つと近づいてくる。やがてその塊(かたまり)はギラギラときらめきながら、怒涛(どとう)の如く足元を駆け抜けていく。
 近年でこそ珍しくなった光景だが、何かに憑(つ) かれたように一団となって泳ぐイワシの大群は、仲秋から晩秋にかけてよく見かけていた。
 大抵は大きい魚に追いかけられたイワシが、逃げ惑(まど) いながら団体で対処していることが多いという。
 人間社会においては、このようなどうにもならない屈辱(くつじょく)や悔しさを「ごまめの歯ぎしり」と呼ぶ。
 「ごまめ」とは弱い魚、すなわち「鰯(いわし) 」の別名である。
 昔でいえば年貢米を搾(しぼ) り取られた百姓(ひゃくしょう)であり、縄(なわ) のれんで上司や会社の愚痴(ぐち) を語ったサラリーマンと同じである。
 秋の空に浮かぶ小さな斑点(はんてん)状の雲のことを「鰯雲(いわしぐも) 」とか「うろこ雲」と呼ぶが、そんな雲の現れる日は実際に鰯がよく獲れるという。
 これらの雲が現れる日は天気が下り坂に向かうことが多く、海釣りの経験からしても、おそらく本当の話ではないかと思われる。

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