気象災害と報道

 飛騨川バス転落事故が起こったのは、昭和四十三年の八月、死者100名を超える大惨事となった。
 台風七号に伴う土砂災害に、観光バス二台が巻き込まれたためだが、以来、気象情報のあり方が問われ、注意報や警報の発表頻度が次第に多くなってきた。
 その頃の予報官は、注意報や警報は出し過ぎると「狼少年」になってしまい、軽々しく 発表するものではないという基本姿勢をもっていた。警報が発表されるのもせいぜい一.二年に一回程度であったと記憶する。それにひきかえ現在は、気象観測の充実や温暖化に伴う気象災害の激化もあるが、注意報などは日常茶飯事(にちじょうさはんじ)というイメージが拭(ぬぐ)えない。解説者やマスコミ報道もオーバーな表現が多くなったような気がしてならない。
 台風接近時などのテレビはリアル映像を何度も流し、レポーターは見るからに逼迫感 (ひっぱくかん)を煽(あお)るような表現をする。気象解説者も「滝のような雨」、「バケツをひっくり返したような雨」、「電柱が倒れトラックが横転するほどの風が吹く恐れがあります」、「海には絶対に近づかないで下さい」などと具体例を挙げて危機感を煽る。
 確かに気象災害は想定外の現象をもたらし「備えは万全に」が基本であるが、中にはそんな報道に違和感を持つ人もいる。
 責任追及が厳しい世の中となり、各関係者の立場は理解できるが、その裏には空振りはしても見逃し三振はするなという問答が潜む。
 「国民の生命と財産を守る」という大義の中で、情報提供のあり方については今後もまだまだ議論が続くことであろう。

 

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