夕涼み

 テレビやラジオは勿論、電気すらなかった時代は、蒸し暑い夏の夜をいかに過ごしていたのであろうか。
 高度成長期の前までは、夜になると全国各地で天の川が見られ、いたる所で夕涼みの光景があった。
 庭先を蛙が飛び交う中、団扇(うちわ)で蚊(か) をはらいながら祖母と会話をした頃が懐(なつ) かしく思い出される。日露戦争の話から「綿と茶碗(ちゃわん)は鳴らん」、「馬には乗ってみよ、人には添うてみよ」、「武士は喰わねど高楊枝(たかようじ)」など様々な人生訓を教わったものだ。
 今にして思うと、夕涼みは実に素朴な光景であったのであろう。当時は冷房の効いた明るい部屋でテレビを見ながらビールを飲むという時代がやってくるとは夢にも思わなかった。貧しい時代だからこその豊かさだったのかもしれない。つい昨日のことである。
 何もかも失ってしまった阪神・淡路や東日本、熊本の大震災は、それまで当たり前と思っていた生活が実はそうではなく、豊かさと便利さの追求が、幸せとは別物であったことを悟(さと) らせてくれた。
 「吾唯知足(われただたるをしる)」とは人は欲張らず、不平不満をいわず、心豊かに生きなさいという禅語(ぜんご) である。

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