親潮と冷害

 「冷害は海からやってくる」といわれてきた。
 北日本では冷たい親潮から送り込まれる北東気流のことを山背(やませ) と呼び、冷害をもたらす元凶といわれてきた。日本の本格的な海洋観測が三陸沖で始められたのは、このためである。
 確かに親潮の動向は北日本の気象を左右する要因ではあるが、元凶とまではいかない。むしろ、その動向は異常気象現象を告げる警鐘にもなるとされている。親潮は酸素や栄養塩に富み、魚類や海藻類を育むことから「親」に「潮」という字があてられた。
 タスキ型ともいわれてきたが、北陸から関東方面にかけて梅雨前線やその残骸(ざんがい)が停滞し、これを境に西日本は猛暑、関東以北は冷夏という気圧配置になることがある。いわゆる「北冷西暑」と呼ばれるこのパターンは、過去何度も北日本に冷害をもたらせた。
 江戸時代は今よりはるかに気温が低かったとされているが、江戸の三大飢饉(ききん)をはじめ、一揆(いっき)が頻発したような年は、主に冷害によるコメ不足が原因ではなかったかという説がある。
 この時代の米の生産量は、暖かな西日本が中心であったようだが、現在は品種改良と温暖化のためか北上傾向にあり、今後もこの傾向が更に進むのではないかといわれている。

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