和傘

 今の若者に「番傘」とか「蛇(じゃ) の目傘」といっても、見たことも聞いたこともないという人が多いと思うが、年配の人にとっては懐(なつ) かしい。あのずっしりとした竹骨の重みに油紙の臭い、バリバリと雨を跳ね返す音の心地よさは、何ともいえないものがあった。
 番傘とは、貸し出し用の粗末な傘に番号を書いたところからこの名がつけられた。一方、「蛇の目傘」とは、文字通り傘の紋様が蛇(へび) の目に似ていることから付けられた名前である。
 日本の和傘は、今やすっかり洋傘に席巻されてしまっているが、江戸時代の人達は雨傘にしろ日傘にしろ、遊び心を持って楽しんでいたのではないかといわれている。
 そういえば江戸の頃の日常絵画や美人画を見ると、精神的にも時間的にも現代よりもゆとりを持ち、おおらかではなかったかと思える節がある。
 和傘は「開いて閉じて花」ともいわれるように日本の伝統工芸品であり、女性がさすと、とびきりいなせな傘となる。洋傘は手軽で安価で実用的というところはあるが、情緒という点においては和傘にはかなわない。
 和傘がおしゃれ感覚をもって普及すれば、もう一つの日本の粋が世界に花開くと思うのだがどうだろう。
 傘をかざすだけで内と外の世界が異なり、心までもが明るくなるという和傘が、なぜ表舞台から消えてしまったのか不思議でならない。

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